解糖系(かいとうけい、Glycolysis)とは、生体内に存在する生化学反応経路の名称であり、グルコースをピルビン酸などの有機酸に分解(異化)し、グルコースに含まれる高い結合エネルギーを生物が使いやすい形に変換していくための代謝過程である。
ほとんど全ての生物が解糖系を持っており、もっとも原始的な代謝系とされている。
嫌気状態(けんきじょうたい、無酸素状態のこと)でも起こりうる代謝系の代表的なもので、別名嫌気呼吸(けんきこきゅう)、無気呼吸(むきこきゅう)などとも呼ばれる。
●解糖系の種類
解糖系にはいくつかの種類がある。
エムデン-マイヤーホフ経路(EM経路)
エントナー-ドウドロフ経路(ED経路)
ペントースリン酸経路(PP経路)
このなかで、最も一般的なものがエムデン-マイヤーホフ経路であり我々のよく知る真核生物や嫌気性の真正細菌においては全てこの経路がとられている。
エントナー-ドウドロフ経路は好気性の真正細菌でよく見られる。
ペントースリン酸経路は、その目的のために解糖系に含まれない場合もある。
また、古細菌では変形EM経路、変形ED経路という以下に述べるものとは細部の異なるものが個々の種によって選択されている。
●エムデン-マイヤーホフ経路
エムデン-マイヤーホフ経路(以下EM経路)は、真核生物、嫌気性真正細菌の糖代謝系である。
EM経路では10数種類の酵素が関与しており、無酸素状態でもエネルギー通貨であるATPを生産することが可能である。
好気性の生物では好気呼吸の初段階として用いられているが、その場合はピルビン酸まで反応が進み、そこからクエン酸回路に入ることとなる。
逆に無酸素状態であればピルビン酸は乳酸といった有機酸やエタノールなどに変化する。
これはピルビン酸を乳酸に還元することでEM回路を続行するのに必要なNAD+などを補うためである。
発酵過程はこの解糖系で発生している(乳酸発酵、エタノール発酵など)。
また、好気性の生物でも過剰な運動などによりクエン酸回路の能力を超えたATPが必要になった場合に解糖系によるATP合成が活発になりクエン酸回路で処理しきれないピルビン酸が生成され、過剰なピルビン酸が乳酸に変換されるため結果的に血中乳酸濃度が上昇する。
長らく筋線維への乳酸の蓄積が運動後の筋肉痛の原因であると信じられてきたが、近年では筋線維への微細な損傷が筋肉痛の主な原因であるという考え方が主流となってきている(英語版WikipediaのLactic Acidを参照)。
ATPの収支については、反応では4分子のATPが生成されるものの、グルコースやフルクトース6リン酸のリン酸化のために2分子のATPが消費されるので、都合グルコース1分子当たりでは2分子のATPが生成されることになる。
また電子伝達系に用いられるNADHは2分子の生産となる。
●変形EM経路
一部の古細菌(テルモコックス綱やメタノコックス綱。共に嫌気性ユリアーキオータ)が使用するEM経路に類似する代謝系である。
EM経路と比較してグリセルアルデヒド3-リン酸からホスホグリセリン酸への経路がバイパスされる点が大きく異なる。
このため、この系で本来生み出されるATPが生成されないが、ホスホエノールピルビン酸の脱リン酸化の際に、ADPではなくAMPが消費され、ATPが生み出されるため、総合的な収支としては通常のEM経路に等しい。
なお、ホスホエノールピルビン酸の脱リン酸化の際に使用されるAMPは、グルコース及びフルクトース6リン酸のリン酸化のために、ATPではなくADPが消費されることによって供給される。
この点でも異なっている。
●エントナー-ドウドロフ経路
エントナー-ドウドロフ経路(以下ED経路)は好気性の真正細菌によく見られる代謝系である。
関与している酵素の数は少なく5種類程度である。この系も無酸素状態で稼動する。
EM経路と同様グルコース1分子あたりピルビン酸2分子を生じ、無酸素状態の場合は乳酸やエタノールを生産する。
ただし、ATPの収支ではグルコース1分子辺りATP1分子とEM経路よりも少なく、系が単純な分やや効率は悪い。
ただしNADHを2分子生産する。
古細菌では、好気性のものや、一部の嫌気性クレンアーキオータがED経路を備えている。
しかし、グルコースのリン酸化を伴わない、または一部の経路がリン酸化せずに進行するため、非リン酸化ED経路、部分リン酸化ED経路などと呼ばれている。
●ペントースリン酸経路
ペントースリン酸経路(以下PP経路)は、エネルギー生産系よりはむしろ物質生産を目的としている系である。
脂質、リグニンの生産に必要なNADPHや、核酸の生合成に必要なデオキシリボース・リボースといったヘキソースの生成に関係している。
植物ではEM経路とPP経路が存在しているが、解糖のうち30%程度はPP経路に回っていると考えられている。
なお、解糖系とその両端が接続されており、解糖系の一部とあわせて回路を形成していることから、ペントースリン酸回路とも呼ばれる。
詳細な反応過程はペントースリン酸経路を参照。
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